だらしな日記

くよくよ社会人の試練日記。
Posted by sonatine

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Posted by sonatine   3 comments

方向音痴の恋愛

1カ月の限定彼氏とデートしてきた。
向こうは私のことをとても好いてくれていて、優しいし、話してて楽しいし、こんなに自分のことを好きになってくれる人ってもう現れないのかもしれないって思った。
でも、相手への好きという恋愛の感情がどうしても湧いてこなくて、聞かれたときにいつも困ってた。
たぶん、気持ちにこたえれないだろうなーって思ってたから。
でも、デートして少し居心地がいいな、楽しいな、って思ったからゼロではないかもとも思ってた。

車の中で話してて、ギュって抱きしめられた時に
「あ、無理だな」って思った。
その人のことは嫌いじゃないし、手をつないでもいやじゃなかった。
でも、抱きしめられた時に嫌とかじゃなくてどうしようしかなかった。
Aさんとか今まで一番長く付き合った彼氏のことを思い出して「助けて」って思った。
その時に、「あ、これが答えなんだな」と思った。
だから相手が私の気持ちを聞いてきたときに
「これ以上付き合っても、恋愛感情は湧いてこないと思う」
ってはっきりいった。

彼はずっと不安がっていて、返事を聞いた時にやっぱり・・・というのとそれでも期待していたといって落ち込んでいた。
それでも、わかってくれて話し終えた後にメールをくれた。
もう俺からは告白しないけど、これからは友達として付き合っていきたいって。

・・・まぁその方向はおいおい考えるとして汗とかとりあえず決着付けました。

男の人の「ずっと好き」はどこまで信用できるんだろう。
ずっと好きは、私が相手を好きなことで成立する気がする。
だから断ったとき、ずっと好き、もしくはsonatineの幸せを願う彼というのは消滅する。
どれだけ言葉で飾られても、私は信用しない。
言葉で大きなことを語るより、守れることしか語らない人のほうが好きだ。
ウソはつかない。
そういう人のほうが信用できる。

こんな結果になってしまったけど、デートはとても楽しかったです。
久しぶりに誰かに女の子扱いされて、オシャレしてちょっとドキドキして。
「かわいい」という男の人からの言葉のシャワーは、自分でわかるくらい細胞がキラッキラオレンジのきらきらになっていくのがわかった。

まぁここで恋愛べたなりに分析してみますと

●男は女の笑顔に弱いらしい
●よっぽどでない限り、もしくはスレンダー好きでない限り男は女ほど体重を気にしない
●男はスカートが好きだ
●恥じらう女が好き
●女は男ほど実はドリーマーではない
●アプローチは相手の負担にならないように配慮すると魅力が増す

ってことがわかりました。
(地元ネタ)
3号線を経由して帰っていたら迷いに迷って八女までいきそうになり、引き返して看板を頼りに行ったらやっと「玉名」と書いてあって曲がったら山道で人通りもなく、この道を行けばどうなるものかもさっぱりわからずガソリンもそこそこしか入ってない車を霧の深い道すすめていって山越えして、さらに大牟田、玉名、南関をぐるぐると看板の文字に惑わされながら倍の2時間半かけて帰宅。
真夜中のしかも全く知らない山道を通るのは生きた心地しなかったです。
ここで事故ったら…車が止まったら・・・幽霊がでてきたら・・・変質者がでてきたら・・・
神様ー!!!と本当に泣きそうやった。
一人の人を傷つけてしまったからこれは罰なのかなって思いました。
でも、道に迷ってからはそれどころじゃない!!!って状態になったけど。

カーナビがいるなぁ。
もうこれは神様が「おまえもうナビなしの人生は限界だよ」って言っている気がした。
こんなに迷うことは実は何度もあったし、カーナビって私ほどの方向音痴のために開発されたものじゃないかと本気で思う。

Comment

みりん says... ""
大変おつかれでした!!
しかし3号線を八女って・・・どこまで走ってるんだw
玉名って書いてるのって県道4号とかそんなんじゃなかった??
山道でそんなのがあった気がする~・・・
ナビは便利だぞう~私は今の愛車のR号にはHDDのナビがくっついてるけど便利よ~方向音痴ではないけど非常に便利だと感じる。持ってて損なし。
2008.06.20 23:32 | URL | #- [edit]
MARGIN says... "愛の仮説"
好きという感情を考えた時期があります。
相手のことを自我に取りむ過程で好きという感情が生じるという仮定にたどりつきました。
相手を愛するとは自分の相手との関係(自我の一部:例えばその人の恋人である自分)を愛するのであってこれは自己愛なのです。
だから相手が自分を拒絶するのならその人を自我にとりむことは難しいでしょう。

また、自我に取り込むには時間がかかると思います。
自分との共通点をたくさん見つけて対象との壁を時間をかけて壊していき自己と相手との同一化をすることができれば生涯の伴侶をみつけられるでしょう。

愛(これも自己愛です)と言えるほどに同一化が強固になればその相手とは相性がいいのでしょう。
大事にすることです。

たいてい惚れやすい人というのはこの他人との壁、境界が弱い人に多いようです。
この壁が弱い人は自他との同一化がスムーズにいくので人を好きになりやすいです。
映画をみて泣いちゃう人なんかは惚れやすいと思います。

また、この同一化は一方的に自己の内面で起きるので相手が自分を自我の一部に取り入れてくれてないことがままあります。

両想いっていうのはお互いがお互いを自我の一部に取り込んでいる状態なのでしょうがそれを確かめるすべはないのです。

以上の話を総合して考えるに好きになれる人というのは自分の自我、アイデンティティーの一部に組み入れても自己評価が下がらず、且相手もまた自分を受け入れてくれそうな人である必要があります。

まぁ、自己評価が下がらずってのが曲者で、自分独自の評価基準を持っていないと生涯の伴侶を捕まえられず、離婚を繰り返したりします。

社会的評価=自己評価な人が多いので社会が変われば評価も変わるのです。
そして、社会っていうのは大抵自分の接するセマイ世間の基準であるので転職なんかして接する人が変わればまた評価基準も変わったりしちゃいます。

そうすれば恋人の価値もまた変わるので自己評価基準がしっかりしていないとうまい恋愛はできないかもしれません。

とまぁ、長々と仮説を書きましたがこういう視点で自分の好きという感情を考えてみるのもおもしろいかと・・・





2008.06.21 03:27 | URL | #- [edit]
sonatine says... ""
みりんはナビいらないと思うよ。
てかみりんほどの方向感覚を持つものがナビもってて、あたしが持ってないってどういうことー!?
ナビくれ~~~~。

MARGIN様。
実はコッソリブログにお邪魔させてもらいました。
頭いいんですねぇ~。
コメントありがとうございます。
自己愛のところ、興味深く読みました。
なんとなくわかるような気がします!
恋愛におぼれる自分、好きな人に夢中な自分。
自分から見ても、恋愛中の自分はとっても好きです。
私はたぶん惚れにくいタイプ(でも、惚れたら猛突進)で、人と打ち解けるまでに時間がかかります。
性格もオープンじゃないし、友達も本当に仲のいい人しかあまり遊ばないし。
自己評価基準もしっかりもっとかなきゃな、と思いつつふらふらしてばかり。
今年こそ、芯の強い女性になるように頑張ろう★
またまた遊びに来てくださいね♪
2008.06.23 22:31 | URL | #- [edit]

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